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極真空手道連盟 極真館
財団法人 極真奨学会
極真館が目指すもの
(2018年02月07日)

極真空手は、我が師大山倍達総裁が自身に課した厳しい修行とあらゆる武道を研究、体験するなかで築かれた空手です。今では世界中に普及し、国や民族、宗教の垣根を越えて多くの人たちが極真空手を学び心と体を鍛えています。
 
最近の傾向として、試合に勝つことが主な目的となり、稽古の内容や心得なども試合に必要なことだけに偏っている気がしてなりません。空手の先生という立場もコーチのような存在になり、選手が試合に勝つためのサポート役に特化しているように感じます。勿論、それが悪いということではありませんが、このような競技主体のいわゆる「競技空手」と、私たちが目指す「武道空手」とは明確に区別したいと考えています。
 
競技空手とは稽古体系も含め、競技(試合)を中心に考える空手のことで、今日これを極真空手であると誤解している人が少なくありません。昔は極真空手の大会は、秋の全日本大会が唯一の大会と言っても過言ではありませんでした。道場の稽古も「試合に向けた稽古」ではなく、地味な基本稽古の反復練習や伝統的な稽古が主な内容で、組手についても顔面への攻撃、投げや関節技も取り入れられていました。
 
30年ほど前から、地方で開催される大会も増え、新たに少年大会なども盛んに行われるようになりました。この頃から「試合に向けた稽古」が隆盛を極め、この時代以降に空手を始めた人、または選手だった人たちにとっては、試合に必要なことだけをするのが極真空手であると誤解をしてしまっているのかも知れません。
 
私は「極真空手は武道空手である」と明言しています。武道空手とは命のやりとりをする戦いに原点を置き、その為のあらゆる稽古を行います。試合に限定された技術だけではなく、相手が武器を持っている場合、複数の場合、また空手と異なる武術の場合、などを想定したとき、色々な稽古の必要性が生じてきます。大山総裁の創始した極真空手とは、正にそのような実戦性を追求する空手なのです。
 
そして、あらゆる技術を学ぶ為には、それを教える「師」が必要となります。「師」は自己の研鑽に努め、技だけでなくその技を身に付ける弟子の人間性も含めて指導しなければなりません。そこで「学ぶ」という関係が生まれます。「学ぶ」為には、尊敬と感謝の心が大切です。さらに師と弟子の間の信頼関係も重要なことです。このようなことから武道空手において最も大切なことは、実は「師弟関係」にあると言えるのです。
 
今の時代、試合の結果が選手のやる気や評価につながることは否定できません。極真館でも試合に参加することは奨励しており、強い選手が育つことは大変喜ばしいことと思っています。しかし、極真空手は本来、武道空手であり、「武道空手の基本は師弟関係にある」ということを決して忘れてはなりません。
 
極真空手道連盟極真館
館長 盧山初雄

 


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